まちゼミ

 宮町商店街振興組合主催のまちゼミ。当事務所も参加し、10月18日、27日に行った。各定員4名で、後見事務所の仕事、社会福祉士とはどんな資格かという講義を1部として、その後、意思決定の支援にからめ、写真コラージュをつかって、自分の内面を開示することについてワークショップを2部として行った。

 ゼミでは、まったく福祉も心理も触れる機会のない、一般の会社員のかたなど、社会福祉士や後見制度について初めて聞いたとの感想をもらいながら、丁寧にご説明した。ありがたいことに、ほかにも料理系のもの、革細工などの工芸的なものなど、楽しそうなまちゼミがあるなかで、当事務所のワークショップを面白そうと思ったと、参加されたかたがいらっしゃった。

 講義では、その都度質問があったときには、パワーポイントをとめてご説明し、少人数での周知活動は質的に高い伝達があったと手ごたえを感じている。できれば、まちゼミでは終わらせず、今後はシルバーパートナーズなどで講義を展開していこうと思っている。社会に役立とうとの資格である、社会福祉士ではあるが、実際には社会の知名度はやはり低いのだろうと感じる機会となった。いっそソーシャルワーカーという名称を加えた資格名と変えれば、いいのではないかと感じている。講義では任意後見についても取り上げることができた。

 写真ワークショップでは、宮町商店街に全員でくりだし、「気になって仕方ないもの」をテーマに各自撮影して頂いた。その後、事務所に戻って頂き、インデックス印刷して、特に自分の気になったものを選択していただき、正式に印刷した。あとは、自分の思うままに、切ったり配置して、コラージュを作成した。なかには1日でもやっていられそうとのご意見を頂き、今後も継続して参加頂けるようご案内となった。

 作成後は、各自作品についての内省を働かせていただき、なぜそれを撮ったのかなど、ファシリテーター(わたし)の質問に答えて頂く形で、自分らしい見方や世界を紹介頂いた。初めて会う参加者同士ではあったが、おたがいに理解的な雰囲気をたもち、安心して語れる場となった。本来であればフレーム維持をしっかりして、時間で終えるものではあったが、今回はしっかり完成させるためにやや超過する形となった。

 このような形で、仕事を紹介するという時にどんな方法であれば、一部でもしっかり分かって頂けるか悩みながら、一般のかたと接することができた。以前も、写真の撮り方講座など、居場所の活動はしたことがあったが、コラージュを含めた今回はふんわり、ゆったりした場となり、ひとより上手くなりたいとの集まりとは違ったものとなった。楽しく、サポーティブな雰囲気でバイアスをかけて、そのなかで、資格の価値を紹介することができたのは、規模が小さいながら私のストレングスとなった。

 参加頂いた皆様、指導頂いた商店街の皆様、大変ありがとうございました。

20191017 ワークショップ

 

スーパービジョン研修講師(自治体開催)

 この度、主任介護支援専門員研修の新たなテーマとして、スーパービジョンの講義を自治開催の研修で行った。県内では、当事務所が認定社会福祉士向けのスーパービジョンを最初に行ったこともあり、その実践をお知らせできる機会を得てとても喜んで講義の準備をすすめた。

 しかし、準備を進めるにつれ、常々疑問に思ってそのまま置いておいたことが、やはり問題として、行く先をふさぐ形となった。

 スーパービジョンを行う上で重要なものとして、フレーム作りと秘密保持など安全な環境が必要となる。今回のスーパービジョン研修が導入研修なのか、スーパービジョンを教養として学び、いつかのために備えるのかどちらなのだろうとの壁である。

 私としては、スーパービジョンで得るものが大きいとの経験を重ねてきたので、ここはぜひ学びながら、実際に行う基盤をどのように作っていくか言及し、その圏域で実際に推し進めて行けたらとの想いが強くあった。

 今回の受講生は社会福祉士ではなく、主任介護支援専門員である。どこまで初学者が理解可能かと実際の研修資料を圏域の社会福祉士や行政担当者が確認しながらの準備となった。

 介護支援専門員は、関係する領域の様々な基礎資格者が取得する資格であり、そのための共通的基盤は、どうしても基礎資格にひっぱられ、明確なアイデンティティを打ち出すことに難しさがある。どうしても事例を扱う専門職として、事例があれば解こうとする訓練に慣れ、何をする職種か、自分はその資格でどのようにしたいのかとの考える場がなくひたすら実践という姿が介護支援専門員であろう。

 そのため、メタな部分を扱おうとする取り組みには抵抗感や研修の成功イメージを作ることに時間がかかるのではとの懸念が研修担当者にはあった。

 フレームについての理解が研修担当者で進むにつれ、守られた自由な場をどのように作るのか、事業所をまたいだ場合の秘密保持や実際の契約はどのようになっていくのか、SV関係や契約などがどこにも示されていないなかで、大きな課題として共有することとなった。

 実際の研修では、フレームの課題があることを伝えつつ、行う場面や行った場合の効果、実際にどのような技術をSVの場でも使うのかなどワークを加えながら研修し、土惑いながらも、一定の理解を得ることができたと評価している。

 特定事業所加算の会議や事例検討の場など、まさにこれらはSVのスキルを使う場面である。虐待対応専門職チームが動く場面についてもSVそのものである。

 SVは、単に合意形成で済ませられない場で効果的に事例に対応し、その専門職を成長させようとの仕組みがある。

 今回の自治体研修は、先駆的な取り組みとして称賛して終わることができた。この称賛を専門職として生きる人をつなぐ共通のバイアスとして、地域でのSVが展開されていくことを願っているし、今後も協力していきたいと考えている。

 分からないと投げ出さずに真剣に参加して頂いた受講生に感謝し、称賛致します。

一般社団法人シルバーパートナーズに加入

 先日、未成年後見人養成研修を終え、寄り添いの力と社会資源の活用が益々必要であると実感して帰仙した。今回の研修では、独立型の経営者である社会福祉士との交流も有意義であった。明確に後見に特化した業態を保っている方々に尋ねると、後見ニーズは多くあり件数をそれでも増やさないように運営しているとの方もいた。一方で、任意後見は受けないようにしているかた、公証人役場と連携して迅速に対応しているかたなど、考えがさまざまであると感じられた。これは県士会の考え方の影響を少なからず受けているのだと思う。この交流により、県内での後見の社会化、任意後見を増やそうとのスローガンは誰が対応しているのかとの思いが湧いた。

 さて、この度、いつも在宅での後見の件で沢山お世話になっている業者さんの紹介で、一般社団法人シルバーパートナーズに入会することになった。当事務所の顧問である税理士や司法書士が加入しており、何より高齢者の生活を本気で支えようとする様々な業種の人が集まった非営利型法人であることにとても興味をもった。日ごろから、クライエントの感情や信念に寄り添いながら、目的的な行動をしようと考えている私としては、社会福祉士同士で社会福祉士とは何かと言っているだけでなく、実際に地域の他業種のなかで社会福祉士とは、後見人とは何かと有機的な交流を求めてみたいと思った。リソースを探すこと、資格の価値を確認したり、周知したりの具体的な行動である。

 人を支えるには組織力が必要であり、今何とかしなければならない状況を前にした時、社会福祉士という資格や、後見人との権限は本当に無意味ではとの想いが沸き起こることがある。それは、誰かを納得させたり、押さえつけたりとのパワーでの関係は当然無意味であり、本人の意向に沿うということの背景の広さに、力の至らなさを感じることが度々あった。

 そんな時、後見人としての判断の猶予を与えてくれたり、緊急の対応をしてくれた人たちがシルバーパートナーズのひとであった。社会福祉士はことにビジネスという言葉に抵抗感を示すし、一方で独立者の経営ノウハウなどの案内は皆無である。バランスの悪いことは自分で補い、自己責任のみでの運営が現実である。何より社会に働きかける資格でありながら、社会から認知されていない資格であることを認めて行動化することが見えない状況で、機会は有効に活用し高めていきたいと考えている。後見活動を通じて得た、すばらしい出会いに感謝している。

仙台市 「まちゼミ」参加

宮町商店街振興組合の企画で、商店主が先生、市民が生徒となって、業種の理解や地域の活性を図ろうとする「まちゼミ」が開催されます。若い商店主が多く入会している宮町では、33の事業者が参加となったとのこと。

エンパワメント後見事務所も、七夕に引き続き、まちゼミに参加することになりました。当日は、後見制度の概要と社会福祉士資格の周知化となる授業ののち、写真をつかったコラージュを行います。

ふだんはセラピーとして行う写真のワークショップですが、今回は、作業を楽しんでもらい、その作業から分かることなどの説明を通じて、他者の考えを理解する手立てや後見人としての意思決定支援の難しさなどお話できればと思っています。

日時は、令和元年10月18日金曜、10月27日日曜 14:30から16:00頃まで     場所は、エンパワメント後見事務所内                       参加定員 各4名                                参加費は300円(材料費の一部)                         持ち物 筆記用具 のり はさみ カメラ(貸出あり) SDカード         当日は作業ボランティアがつきますので、写真の知識は不要です。おきがるに参加下さい。予約制090-1374-5600 

折り込み広告がでますので、そちらもご覧ください。                     

仙台七夕・宮町通り七夕

 先日、商店街振興組合より七夕飾りを出さないかとのお誘いがあった。仙台七夕にあわせて、仙台駅北側の花京院を入り口として、東照宮神社までを結ぶ宮町商店街に飾られる地域の七夕様である。仙台七夕は、8月6日から8日まで市中心部アーケード街で行われるのだが、それを盛り上げ、または負けじと、力のある商店街を中心に市内のあちこちで毎年飾られている。

 当事務所は、地域の生活者に近い視点で、社会福祉士が行う実践のため、商店街振興組合に入会をした。そのいっとう最初の催し参加としては、とても華やかでやりがいのあるものと考え、行動することとした。

 組合から、骨組みを借りて意思表示をしたものの、業務に押され、なかなか、お花紙やその他の材料を購入しに行く暇が持てず、日にちばかり過ぎて、だんだん焦りや困り感が湧いてきたことに気が付き、なんとかしなければと計画を立てることにした。

 同級生の家が商売をしていて、七夕の時期が近付くと店員さんや、おじいさん、おばあさん、子供が参加して、みんなで花を折り、折り鶴を折りしているところに、遊びに行き、その地道な作業に大変だなと心底思っていたことを、ここにきて思い出した。

 焦る気持ちから、教えてもらった七夕材料の売店に、仕事途中に立ち寄ってみると、隔日しか営業しておらず、なかなか手が付けられずとにかく困ったという気持ちになってしまった。後日、妻に頼んでも、空振りでやはり成果がえられず、三度目の正直でようやく、本日材料購入にたどり着くことができた。

 その売店は、外観からは分からないが畳敷きとなっていて、靴を脱いで、お茶飲みテーブルがある中心部に招かれ、どのようなものを作りたいか、膝を寄せて話をしながらゆっくりと決めていく商売の仕方であった。おそらく、着物を仕立てるため反物を購入し、採寸などして完成に至る呉服店の商売はこんなだったのだろうと、ちょんまげの時代に思いをはせるなど、そのインパクトに私自身も脱線ぎみの思考となった。

 すごいところに足を入れたとの気持ちも沸き起こったが、そのあとの、女将さん?と店員さん?の掛け合いのなか、何のイメージもなかった飾りが、ひとつひとつの部品のおすすめをもらいながら、そして、説明が面倒だと思ってか、その場で作れるものは簡単にこしらえてくれながら、いつの間にか必要な買い物はすべて終えることができていた。一見、はちゃめちゃなことを言い、ふざけあいながらのやり取りに見えて、客の要望をじわじわと聞き出し、そして満足感の高い買い物をしたとの気持ちにいつしか、もっていかれていたことに気が付き、このおばちゃん達はプロだと心底思った。

 冒頭にあるとおり、仙台では同時に七夕があちこちで開催され、短期間のうちに、個性的な飾りつけを行おうとする商店主等がたくさん売店に訪れる。それを2、3人のおばちゃんでさばくのだから、クレームを受けている暇はないし、ましてや追加購入等でなんども同じ客が来ても、入る居場所もないくらいものに溢れた店内のため、確実に1度対応した客はしっかりと品物を持たせて帰しているのだと考えることができた。

 5号のほねぐみには、花が80個、花は1個につき5枚など、長年の経験でそのくす玉にあわせての吹き流しの長さや、つなぎかたはこうだと、すべて示してくれた。時折、鶴は何列ぶら下げたいの?など無茶ぶりはあったものの、ああ自分でもなんとかやれそうな気がしてきたとの思いを抱いて帰ることができるようになった。

 今回、伝統七夕を作る超初心者としての行動で、部品の購入一つでも社会から個人に対して当たり前に行われてきた、エンパワメントであったと理解することができた。これは本当によい経験であったと思う。このような体験が個人ごとにもっと増え、つながりを作っていくことが、地域づくりであれば、それこそよいと感じた。もはや完成した気持ちでいるが、これから数百個の花や鶴などを折ることを忘れないようにしたい。この気持ちがまずは、事務所内、家族内で共有でき、完成に至らせなければならないところである。

 この経験で思ったことは、先を見通せた時の安堵感と、自己効力感を得られる関わりが、福祉以外の場面で実感できたことである。昔はよかったとよく耳にするが、その一つがこの、入ることに不安もあるが、人の中に入ることで知識が身に入って来たり、その行いの良い悪いを、優しく口伝えで教えてくれることにあるのだと実感することができた。まさに実感なのである。

 いつかまた、恩人である、あのおばちゃんたちのスキルを今度はもっと余裕をもって、インタビューしたいと考えている。

宮町商店街振興組合に加入

 エンパワメント後見事務所は、仙台東照宮神社のお宮町である、宮町商店街のなかにある。お宮町と呼ばれる縦長の商店街は、さまざまな業種が存在し、低価格の電力供給やネット環境整備など、新しい取り組みも行っていて、とても活気がある。お宮町は商店だけではなく、大きなエドヒガン桜がシンボルの東六番町小学校を中心として、地域住民のつながりを深める音楽祭や祭りなどを行い、その結果として子供が安心して歩ける環境ができている。

 ソーシャルワーカーとしては、地域をよくするとの使命感で行動することが多いと思われるが、逆にこのおだやかで、活力がある環境の力を借りて、試行的に新しい取り組みができないかとの気持ちが前からあった。

 エンパワメントが運営する、写真療法の部門では、市民向け・小学生むけ写真教室を開催してきたが、宮町では市民向けの写真撮影ワークショップをお店の協力を得て、店内でモデル撮影をさせてもらうなどして行い、知らない人同士がカメラにより交流を深めることができた実績がある。

 商店街振興組合には、病院なども加入し、一般にいう商売だけではないつながりがあり、情報発信も行われている。後見という一般には良く知られていない分野を業務とするエンパワメントとしては、商店街店主からの理解がひろがれば、地域にも何をする仕事なのか理解が広がるのではと考えている。

 商店街振興組合には、まちゼミという、開業者がどんな仕事なのかレクチャーする企画が毎年行われているようで、知名度の低い、社会福祉士、成年後見人が知られる機会になればと期待している。力を借りる一方で地域から頼られるような、存在感と機能が発揮できたらとの目標を考えているところである。

後見人としての成長

こごみをゆでて家族で食べた。私は料理は得意ではないが、作れるものが徐々に増えてきている。特に春に旬を迎える食材が多いのに気が付く。

春は誰にとっても、気持ちがやわらぎ、活動を起こしたくなる季節である。冬は、眠りを連想し、眠りは死につながる不安があると学んだことがある。そのために子供はなかなか一人では眠れないのだと。その冬から、抜けだした春に、希望に充ちた感情が生ずるのは当然のことと思うようになった。

こごみのことである。ある中山間地にすむ、高齢の被後見人がうまいものがあると一緒に里山に行き、料理方法を教えてくれた。自生している場所の特徴、採り方、洗い方、調理方法、保存方法と事細かく教えてくれる。知識を伝達することを発達段階する年代と理屈くさいことを時折思いながら、その生活に根差した知恵を聞くことにのめり込んでいった。

ただ採って、食べる行為ではあったが、次の年には、誰と採ったか、どんな思いで採ったか、またその時の別なエピソードなど、たくさんのことを学びながら、食べるところまで、寄り添うこととなった。このひともそのようにして、覚えてきたのだと理解することができた。

また、別の被保佐人の父親は、訪問した私に、本人と採ってきたというさまざまな山菜を見せて、そして同様に調理法、食べ方を教えてくれる。なかでも、山菜ではないのだが、土手に自生しているイタドリという草をたべることは驚きがあった。酸っぱい味のその草は、適度なゆで加減がやはりあり、とてもおいしかった。まさに自然から頂く味と、本人と一緒になって感じることができた。最初の被後見人との違いを考えた時、父がかわらず息子にこの様な味を食べさせていってほしいとの私への想いが深く感じられたことだ。

仕事のエピソードもそうであるが、食べ物のエピソードもまた、その人を語るうえで欠かせない人生の重要な要素となる。そんなやりとりを毎年繰り返していくうちに、人としての成長を与えてもらう重要な交流と感じられるようになっている。ただ伝統的な視点をもったというだけではなく、食べ物を通じた対話の仕方を体得しながら、他者の人生を自分に取り込んでいると今は言語化できる。そんな人としての成長をさせてもらえる後見人としては、春は具体的にわくわくすることがあるとても嬉しい季節となっている。

構えて自分の家でもやろうというのではなく、被後見人等と一緒になって同じ季節を楽しみ、そしてまた人に伝えていくことは、代理人やら支援者との関係はいっさいなく、生活者としての何気ない一体感だなと思い出す程度のこととなっている。

こごみは妻にてんぷらにもしてもらい、子供たちにこの話をしながら食べたいと思う。

法人委託研修(権利擁護)

 先日、複合型の施設を展開している法人から依頼があり、内部研修を行った。前回、権利擁護研修を行った際、研修企画者側、参加者とも権利擁護のイメージが広くあり、概要を2時間で説明することに難しさを感じていた。あわせて権利擁護は後見制度の事だけ指すわけではなく、また、高齢者の施設研修だからといって、高齢者だけの権利の視点のみ伝えることには、不足と感じていた。本人を取り巻く環境についても理解的に対応できるようにするには、児童のことも、障害者やDVのことも知って、全体を見る力、気づく力が研修により養われればとの想いがあった。

 これは、私自身が虐待対応や後見人としてわらでもつかみたい想いとなっているとき、純粋に同じ視点や心持で支援に参加してくれた方があり、もっと同様の人材が地域でふえたら、小さくても幸せが広がるのではと考えたことにつながっているのだと思う。

 今回は、短時間の知識詰込み型ではなく、視点に火をともす研修にしようと考え、後見制度、虐待は同一ではなく区別されるものと説明し、量を減らし、権利とそれを擁護する「やさしさの視点、関わり」についてをメインとした研修デザインになった。

 身近な権利、そして人としての成長や欲求、それを基盤とした信念や物語が意思決定の重要な基盤となっていることに時間をかけた研修の流れとなった。利用者も支援者自身も同じ人としての地続きな存在であり、同じような自分の中にある成長の歯車に動かされ、選択や実行の良否などで悩んだり、達成感をもって人生を歩んでいることを扱った。

 時間に追われても、同じ関われる時間でも適切で質の良い対話により、本当のニーズを掘り当て、それを実行できるようにし、チームをそのニーズで縛って協働できたとき、困難な中にある本人は、初めて行動を起こせるものと考えている。その感情や発達、物語を扱う関わりを「やさしさの関わり」とした。やさしさの関わりを基盤としている施設では違和感のある行動、つまり不適切な行為はすぐに目立ってしまう。

 また、スタッフ自身もそれに巻き込まれ、職場からやさしさの関わりを受けることにより内観が働き、自身の成長も意識した関わりを持てるようになる。結果仕事への愛着、満足につながり、仕事にもっとコミットし成長への階段が上がれるものと説明させて頂いた。介護の仕事は、仕事の質と介護士自身の心的成長が密接であるため分けて考えるべきではないと今回の研修をつくるうえで改めて感じた。

 今後もご要請があれば、その職場の課題にあわせ、法定研修の企画実施等をオーダーメイドで行っていきたいと考えています。ご要望があればお気軽にメールBOX等へ連絡ください。

成年後見人への支援・アドバイス業務

 先日、ウイルス性胃腸炎にり患した。手洗い、うがいは神経質に行っていたつもりだったが、実際に発症してしまったのだから言い訳を積み重ねるだけとなる。困ったのは、被後見人に関係する動かなければならない仕事が予定されていることである。

定期の受診の付き添いについては、申し訳なかったのだけれど、ケアマネ―ジャーに代行して頂き、入院中のかたの医師の説明、今後の検討の会議は3日程度先延ばしとして頂いた。人に移るかもしれないと考えられる疾患に感染すると、とにかく迷惑をかけてしまう。 只々早く治さなければ何もできないと布団に入って回復に努めた。

今回は代行や延期が可能な予定ではあったが、生活者である被後見人等を援助する仕事はとにかく突発的な出来事、動かせない予定などがあり、病気になっている暇はない。

また、後見人等が感染症にり患することのほかに、被後見人等が家じまい、引っ越しなどで、後見人ひとりではやりきれない業務が発生することがある。引っ越し業者に頼める潤沢な資金があったり、支援チームに無理言って手伝って頂き、完了できる規模であればよいが、そうとも限らない。一人で車でしこしこ運ぶこともでてくる。

今までの様々な被後見人の対応から、同じ後見人のなかまへの支援として、エンパワメント後見事務所では、後見人活動協働支援業務として、病気や出張時など不在時の代行訪問、引っ越し時の搬入出などの協力をその他の事業として行っている。電話で連絡をとりながらの代理委任が可能な範囲での代行と、引っ越し業者ではないので、できる範囲での一緒にものを運ぶ手伝いである。相互協力の考えであるので、今後は参加したい後見人がいれば、申し出て頂き、そのスケールが増えれば対応力も大きくなると考えている。

どうしても誰かに行ってもらいたい状況があったら、ご連絡ください。現状では1時間1,080円を予定している。また、SVにまで至らない程度での後見人等からの相談も随時お受けしている。

090-1374-5600 手伝いが必要な内容をお知らせください。

写真療法の効用とSW的活用の視点

福祉まつり「ウエルフェア2018」(障害者週間記念式典)に参加した。今回は一般参加ではなく、被後見人(以下、本人という)の補助としての同行である。私が研鑽の一つとして行っている写真療法の番外編として、本人が撮影した写真を障害者の写真コンテストに応募したところ、ビギナーズラックもあったのかうれしいことに入賞したため、表彰式に参加となった。

今まで、カメラを触ったことなど無かった本人ではあったが、知的な課題等があっても、物おじしない性格が後押しして、お世話になっているケアワーカーさんを「お世話になっている人」という視点で撮影し、温かみのある写真が撮れた。

言葉の引き出しが少なかったり、話そうとしても発声までの過程でなかなか会話まで上がってこなかったりするかた数人に、写真療法の知見を活用して、言語化や想いの共有をすることで、支援の手がかりやほかの場面でのコミュニケーションや行動の広がりを期待して行ってきた。何を撮ったのか、なぜ気になったのかなど、撮影後の対話がとても重要で、驚きが度々ある楽しい時間でもある。写真には投影性があり、無意識下で自分を重ね合わせた被写体を撮るという部分については、分析的な視点は深めず、本人がどうとらえているか、湧き上がってくる言葉を拾い、それを様々な生活場面で、よい方向に促進させるのが私の立ち位置である。

開始当初は、写真の技術を高めようとしたり、義務的に撮らせようとしたりと、口うるさくなる家族や援助者にしっかり対応したり、補助的に好き嫌いシートを作成して、無理に嫌いな被写体(場所など)選ばないで済むことも検討した。

本来、グループワークで行われる写真療法を、本人たちと私の時間制約や撮りたいものの都合から、必要なエッセンスを加えたり、削除したりしながら続けてきたため、手順を厳格に守って行っている先駆者や治療目的の療法家には、注意を受けるかもしれないが、自主性、回避性という基盤となることへの配慮だけはしっかり心に止めて行ってきた。

そんなこんなで、応募した方みなが受賞となった。タイトルも本人が支援者と相談して決めたもの、撮影意図も撮影後の対話、フィードバックから拾い上げたものを代筆して提出した。

正直なところ、受賞後の対応は具体的には考えていなかったため、支援者や施設で、ちょっとしたうれしい騒ぎとなった。レクの時間を使い、展示会場まで作品を実際に見に行ってくれたり、表彰のためのおめかしをどのようにしようか話し合ったりして準備された。おひとりは、在宅酸素を始めたばかりであったので、ボンベの手配などもあった。

写真撮影が今回のうれしいばたばたや、ちょっと大変だったがお祝い膳も外食できてたことにつながり、自分の撮ったもの、その気持ちが周囲に影響を与える力があることに、本人たちは、ほんのり気づかれたようである。撮れた写真を評価的に扱わないという部分に、今後の関わりに課題は残ったが、写真のミクロからマクロ面までひっぱる力を私自身感じ取れた、楽しい年末の思い出となった。

私の支援方針は理論や療法を援助計画に導入するなど、ミクロ面に注力することで、エグゾ、マクロへの効果を考えていくことである。写真療法もその一つで、今後は個別支援に留まらず、写真療法家協会の実施手順を維持した療法に注力し、小グループでの実施も考えている。ボランティアなど一緒に行ってみたいかた、導入したい施設があればご連絡を頂ければ嬉しい限りです。