後見人の医療同意への参加

本日は、被後見人が癌の手術のため、その付き添いで病院におり、今までの経過を振り返ってみる。今回70代前半の被後見人が癌の手術に至るまでは、目的的な対話の場を意識的に持ち、本人のナラティブ視点や感情への適切な反応に注力して病気をどうするかについて考えてきた。

現状では後見人等には、医療の同意権はなく、遠くても親族を探して代理での同意を検討するか、大きな変化が考えられる事案については消極的な判断で経過を見るとする場の合意で対処するという支援が多く見られている。中には無権代理で、代理人がいない方が積極的にことが進み、結果にかけた一か八かの支援があることも耳に入る。

今回は、医療同意の検討をシート化して私自身が整理しながら、また適切な形で検討した内容を後見センターに上申することも意識に置き、今後の自己決定支援がどのように進んでいくのかイメージを広げながらの援助だった。

会議の場での、私の捉え方の理論はバイオサイコソーシャルモデルである。

主治医は、バイオ面で予後、疼痛や手術特有のつっぱりなどの不具合をすべて説明してくれた上で、寛解に持っていけると目標を設定した。

入所している施設では、ある程度ながく入院しても、部屋を開けて待つこと、予後のリハビリはPTが検討して実施してくれる予定となっていること、入院中の洗濯等のフォローにあわせて声を掛けに来てくれることを提案してくれ、温かいソーシャルとしての存在を目標としてくれた。

肝心の本人は、知的に障害があるものの、しこりが痛い、取って欲しい、入院は寝ているが嫌だが、言うことを聞いて我慢するとの言葉を引き出すことができた。どうなるか怖いとの発言が何度も聞かれ、生きるために皆で支援することを伝えるとその都度にっこりされた。治療について前向きであることが今回の検討で大きなポイントとなった。この気持ちを支えて行こうとの方針がサイコの視点として色々な心の動きをサポートしていくとの支援者の目標となった。

術後、体の変化を本人が触れ、目視し、女性としてどのような反応を示すか。そのことを中心とした術後サポートがうまく築けていけるかが、支援のポイントである。私は男性の後見人であるため、本人とは信頼関係が形成されているとはいえ限界を感じる時である。

手術を乗り越えた彼女に精いっぱいのねぎらいの言葉をかけたいと考えている。

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